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2006年11月01日

●ボラティリティ変動モデルの可能性

 オプション評価モデルの中ではBS公式が最もよく知られていますが、近年BS公式に変わる評価モデルが開発されています。中でもBS公式の問題点である「ボラティリティ一定の仮定」への解決策として、近年では「ボラティリティ変動モデル」が開発されています。
そこで、今回はボラティリティ変動モデルの概略と、当該モデルが会計基準に与える影響について考察します。

○BS公式の問題点
 オプションの価格評価のためには一般的に基礎数値として、�権利行使価格、�ボラティリティ、�満期までの期間、�原資産価格、�無リスク金利、�配当額が必要とされます。BS公式においても同様にこれらの基礎数値を使用し、株価収益率が正規分布に従うと仮定した上で、確率微分方程式によってオプション価格を解析的に導出しています。このため、BS公式ではオプション価格を数値的に求める必要がなく、BS公式へ基礎数値を代入するだけでオプション価格を評価できるといった利点があります。
 ところが、BS公式には以前から複数の問題点があることが知られていました。中でも、近年特に焦点が当てられている点は、ボラティリティが権利行使期間に渡って一定であると仮定している点です。

bs.GIF

(1.1)はBS公式そのものです。実務上、ボラティリティσは過去の一定期間を観測することで求められますが、BS公式では使用するボラティリティσが、権利行使期間中に変動しないとの仮定をおいています。しかし、現実の市場では権利行使期間中に渡って原資産のボラティリティが一定となることは極めて稀で、TOBが公表された場合など極めて特殊なケースに限られます。裏を返せば、現実の市場では原資産のボラティリティが日々変動するケースがほとんどです。BS公式はその前提に大きな問題を抱えているといってもよいでしょう。したがって、BS公式による理論価格は現実のオプション価格を適切に記述できないおそれがあります。

○BS公式の拡張
 このようなボラティリティの問題へ対処したモデルとして、近年ではボラティリティが日々確率的に変動するモデル(ボラティリティ変動モデル)が研究されています。ボラティリティ変動モデルはEngle(1982)によって提案されたARCH(autoregressive conditional heteroskedasticity)モデルとSV(stochastic volatility)モデルに大別されますが、中でもARCHモデルはパラメーターを最尤法によって簡単に推定できるため、近年飛躍的に研究が進められて来ました。その結果、ARCHモデルの発展として、Bollerslev(1986)が提案したGARCHモデル、Glosten/Jagannathan/Runkle(1993)らによるGJRモデル、Nelson(1991)が提案したEGARCHモデルなどが開発されています。
ARCHモデルでは、価格変化率をt-1期において予測可能な変動 と予測不可能な変動 によって
                      fee.JPG
と表し、さらに予測不可能な変動を常に非負の値をとるσと、期待値0で分散1の過去と独立で同一な分布に従う確率変数によって、
dw.JPG
と表します。ARCHモデルでは、σの2乗が予測不可能な変動 の2乗の線形関数として定式化され、過去の時系列データをサンプルとすることでパラメーターが推定されることになります。つまり、
                      grrrggr.JPG
によって定式化されます。この結果、BS公式ではボラティリティを一定と仮定してオプション価格を求めましたが、ARCHモデルによって原資産のボラティリティが日々変動するモデルでのオプション価格が求められます。

○ストックオプション会計実務の現状
 次にストックオプション会計基準を見ると、適用指針第10項にボラティリティについて記述されています。ところが、同項ではボラティリティを一定とするかボラティリティの変動を踏まえるかは明示されていません。
 そこで、ストックオプション評価の実務を見渡すと、実務上はボラティリティを一定とした上で二項モデルやBS公式を適用することが多く見受けられます。したがって、ストックオプション会計基準ではボラティリティを一定とするモデルを受け入れていると考えられます(適用指針第5項(1))。

○今後の展望と課題
 このように、ストックオプション会計基準では、ボラティリティを一定とするモデルが受け入れられています。これは裏を返せば、現時点ではボラティリティ変動モデルによるプライシングまでを実務上求める必要がないことを意味しています。
 しかし、今後のストックオプション実務の進展によっては、より精緻なプライシングモデルが必要になることも考えられます。たとえば、費用額の過大・過小見積りが社会問題になるなどした場合、実務上より厳密なモデルが求められる可能性は高いでしょう。したがって、今後の実務でボラティリティ変動モデルが普及する可能性もあるといえます。
 また、ボラティリティ変動モデルは、ストックオプション実務の課題を克服する可能性も秘めています。現行会計基準では、ボラティリティの観察を予想残存期間に対応する期間に渡って行うこととしていますが、上場後年次の浅い企業では、しばしば予想残存期間に対応する十分な観察期間を確保できないといった問題があります。
この点、ボラティリティ変動モデルは時系列解析の手法を取り入れているため、時系列モデルが統計的に有意であれば、観察期間が予想残存期間に満たなくとも、将来のボラティリティを予測した上でオプション価格を算定できる長所があります。
したがって、ボラティリティ変動モデルはストックオプション会計基準の課題を克服する可能性をも秘めているといえます。