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2006年08月24日

●ストックオプション発行条件の実態調査

 ストックオプションは様々な権利確定条項を付すことによって多様な機能を持ちます。そこで、�現在の日本ではどのような権利確定条項が多いかを調査し、その上で�ストックオプション会計基準施行前後で権利確定条項の内容が変化しているかを調査しました。

調査趣旨
 ストックオプションは企業価値を向上させるインセンティブを従業員や取締役に与えるものですが、そのようなインセンティブはストックオプションに権利確定条項を付すことによって様々に変化します。
 たとえば、株価が権利行使価額の1.5倍にならなければ権利行使できないとする条項を付せば、従業員は「株価を上げなければ報酬を得ることができない」と考えて株価を上げようと必死に努力するはずです。また、一定年数勤務を継続しなければ権利行使できないとする条項を付せば、優秀な従業員を会社に留めさせることが出来ます。
 このように、ストックオプションは様々な権利確定条項を付すことによって多様な効果を生むことが可能になります。
 そこで、本調査では、本邦において権利確定条項はどのように利用されているのか、その実態を調査すべく、ストックオプション発行条件のうち�権利確定条件の内訳、および�株価条件と業績条件の具体的内容について実態調査を行いました。
 
 以下では、まず2006年5月において権利確定条項がどのように利用されているかを調査し、次にストックオプション会計基準施行によって権利確定条項の内容が変化したかを調査するため2002年のデータと比較しています。


調査結果
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上記グラフは会社法施行後に発行されたストックオプションの権利確定条件の内訳です。
 
 使用したデータは2006年5月1日〜末日までの公開企業のデータであり、ストックオプション発行件数は234件でした。
 このうち最も多い条件は勤務条件の226件で、ストックオプション発行事例のおおよそ96.2%に盛り込まれていました。勤務条件の内容として、継続的な労働サービスの提供を従業員に促すものや、従業員の退職手当て、税制適格用件を満たす施策などが見受けられました。
 次点は業績条件の4件で、全体のおおよそ1.7%を占めています。このうち事業部型が1件、連結業績型が3件で、連結業績型は営業利益、経常利益、売上高営業利益率の3種類がそれぞれ行使条件に用いられていました。これらは全て企業の収益成長を狙う条項ですが、業績条件にどのような指標を用いるかは企業によって様々であり、各社の成長戦略を踏まえた重要な検討事項といえるしょう。
 また株価条件は234件中2件と少なく、全体の0.9%を占めるに過ぎませんでした。内容は終値に一定条件を求めるものが全てであり、終値が行使価額を20%〜30%上回る場合に行使可能となる事例が見受けられました。

 ところで、これら権利確定条項の内容はストックオプション会計基準施行によって変化したのでしょうか。ここではストックオプション会計基準施行によって権利確定条項の内容が変化したかを調べるため、2006年5月の統計を会計基準施行以前の統計と比較してみましょう。するといくつかの興味深い特徴が見られます。

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上記は財務会計基準機構が作成したデータをもとにストックオプション評価委員会が一部修正したものです。

 両データを比較すると、2006年5月では勤務条件を付す企業が非常に増えていることが分かります。2002年は76.2%でしかありませんが、2006年5月では96.2%にも昇っています。この理由として、�従業員のために税制適格要件を満たす企業が増えていること、�継続的な勤務へのコミットメントが増加していることが考えられます。
 次に勤務条件以外の項目を見ると、2006年5月のデータでは業績条件と株価条件が極端に減少していることが分かります。2002年のデータでは合計でおよそ8.2%でしたが、2006年のデータでは合計で2.5%しかありません。したがって、ストックオプションが費用化された2006年5月以降では、業績条件と株価条件は費用化以前よりも減少しているといってよいでしょう。
 
 ではなぜ業績条件と株価条件は以前よりも減少したのでしょうか。この理由としては2つ考えられて、まず1つに会計上の技術的問題があります。つまり、株価・業績条件といった条項を会計数値へ反映することは困難であり、経営者がストックオプションに複雑な権利確定条件を付けることに対して消極的になっているためだと考えられます。裏を返せばストックオプション評価への内部体制がまだ整っていないともいえるでしょう。
 2つ目の理由は経済状況が変化したことによって、コミットメントの主眼が業績や株価から継続勤務にシフトしていることです。下のデータをご覧下さい。こちらは1997年から2006年現在までの日経平均の推移です。

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 上記データからも明らかなように、比較に用いた2002年当時はITバブル崩壊によって日経平均が低迷し業績が悪化する企業も多く存在しました。そのため株価・業績条件がコミットメントの主眼になっていたと考えられます。しかし、2006年5月以降は景気回復も底堅く、株価も17000円台を付けました。そのため株価・業績に直接コミットメントを持たせる必要性は相対的に減少し、代わりに勤務条件を付すことで継続的な人材の確保を狙う意図が大きくなったとデータ※1から推測されます。


まとめ
・2006年5月では会社法施行以前よりも権利確定条項を付す企業が増加した。
・2006年5月では勤務条件を付す企業が96.2%と非常に多く、他の条件を付す企業は少ない。
・2002年は株価・業績条件にコミットメントが強く置かれたが、2006年5月では勤務条件へのコミットメントが強い。
・2006年5月では2002年に比較して株価条件、業績条件を付す企業が非常に減少している。
・上記の理由として、�株価条件、業績条件はストックオプションの権利確定条件を複雑にするため会計上の取り扱いが難しく、経営者が発行に消極的になっていること、�2002年はITバブル崩壊によって株価、業績にコミットメントする必要性が高かったが、2006年では景気回復が底堅く、株価、業績よりも継続的な人材の確保にコミットメントが置かれていることがある。


※1勤務条件を付した企業は2006年5月では2002年の76.2%から96.2%に増加している。